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花のゆくえ ⑫揺れる心   

ミアルダイはオルセイ市場の脇でシクロと値段交渉をしているところだった。身なりのよい一人の年配の女性がミアルダイをじっと見つめていた。それは、パヌットとパネートの母、パニーだった。

二人は抱きついて、恥も外聞もなく泣いた。

「ミアルダイ、パヌットとレアッカナは死んでしまったわ。パネートと私だけが生き残ったの。あなたはパパと一緒にいるの?」

「なんてこと!パヌット兄さんとレアッカナ姉さんが死んだなんて…。パパも…、死んでしまったんです。伯母様…」

「まあ、あなたのパパも死んでしまったの!なんてひどいことでしょう。でもね、もう泣くのはやめて。ところで今誰と一緒に暮らしているの?働いているの?」

「ボライさんのお母さんと暮らしているんです。学校に行きながら、ノム・ボンチョック売りの手伝いもしています」

「まあ、それは大変だわ。でももう大丈夫。私が助けて楽にしてあげるから。さあ、あなたの養い親のところに連れて行ってちょうだい」

二人は途切れることなく互いにあれこれと尋ねあった。ミアルダイは泣き続けた。パニーも目が潤んでいた。どれほどの人が、想像を絶する拷問を受け、惨めに死んでいったか。死を免れた人々も身体はさんざん痛めつけられ、心には傷を残し、悪夢を忘れられないでいる。血が流され、涙の川が流れ、大勢の骨が山のように積まれたことを子々孫々に伝えていかなければならない。それがごみために捨ててしまいたいような歪んだ歴史であっても。

ミアルダイはパニーを連れて家に入った。ミアルダイはパニーをポリーに紹介した。パニーはポリーに挨拶と姪の礼をいい、ミアルダイを引き取りたいと言い出した。ところが、それを断るミアルダイ。

パニーはうなずいて言った。

「本当にこの子のいいお母さんなんですね、あなたは。ミアルダイに無理強いは致しません。困ったことがあったら、いつでも私のところに寄こして下さい。ミアルダイ、いつでも私のところに来るのよ。遠慮することないんだから。パネートが帰ってきたら、きっとここに来させますからね。あの子もどんなに喜ぶだろう。あなたが生きていると知ったら」



パネートはミアルダイが生きていると聞いてすぐにやって来た。彼はまだ独身だったので、ミアルダイに夫がいないと知ると、彼女を伴侶にできるかも知れないと期待をふくらませた。恋の炎が再び燃え始めたのだ。パネートは母親に自分の希望を伝えると、パニーも反対しなかった。

パニーたちの暮らしは、かつてのロン・ルノ時代と変わらぬほど裕福だった。その豊かさは、家の中の豪華な装飾や、金やダイヤで身を飾っていることや、彼らの言葉の端々からも伺い知ることができた。

パネートは豚に餌をやっているミアルダイに駆け寄ると、彼女の手をつかんで顔をしかめながら言った。

「なんてことだ!臭いなあ!」

「まあ、パネート兄さん」

「きみに会いにきたんだよ。ママから聞いてね。会いたかったよ。疲れているんじゃないかい?豚に餌をやったり、朝早くからノム・ボンチョックを作ったりして?」

「平気よ。だって家計の足しになるでしょ」

「僕のところに来れば、苦労なんかさせないよ。僕たちと一緒に暮らすだろう?ね、きみには何もさせないよ。勉強してるだけでいいから」

「パネート兄さんも伯母様も同情して下さって、お気持ちはありがたいわ。でもここを出て行くわけには行かないのよ。あたしを養ってくれているお母さんはどんどん年を取っていくし、あの飢えた時代にあたしを救ってくれたんだから、ご恩返しをしなくては」

「きみがかわいそうだよ」

「これぐらい、なんでもないわ。脅迫と恐怖の中で生きてきたのよ」

「でも今は、きみのような苦労をしない人もいるんだ。バイクもあれば、金もうなるほどあって、そして金とか、かっこいい服とか。きみにもそういう生活をしてほしい。僕が全部保証するよ。きみさえ承知してくれれば」

ミアルダイはその言葉を聞いてあっけにとられた。彼女はしばらくパネートの顔を見つめていた。確かに彼が言うような裕福な人間がいる。だがそれは一体なぜなのだ?いま国は、平和と戦争が入り混じっている状態だというのに。彼らが商売上手だというなら、つまりは要領よく人から搾取しているということなのだ。それはきっと日和見主義者たちに違いない。パネートはミアルダイがじっと見つめているので、彼女が自分の言葉を疑っているのだと思い、札束と10ドムランの金の包みを出して見せた。

「信じないのかい?ほら、これは家にある金のほんのごく一部なんだ。僕はこれの何倍もの金を持っている。簡単にきみを幸せにしてあげられる」

ミアルダイは首を振った。

「パネート兄さんの言葉は信じるわ。本当に商売上手なのね。だけど、一体どんな仕事でそんなお金持ちになったの?」

「怪しむことないよ。それは僕の仕事なんだから。きみにそんなことで頭を使わせたりはしない。きみはママと一緒に家にいて、一生懸命勉強すればいい」

「まだ決心がつかないわ。どうしようもなくなったら、必ずパネート兄さんのところに行きます。しばらくはここにいさせて。だけどもし、兄さんが本当にあたしのことを思ってくれているなら、どうか300万人もの亡くなったカンボジア人が遠くから呼ぶ声を忘れないで。その中にはあたしのパパやパヌット兄さんやレアッカナ姉さんもいるのよ。わかる、兄さん?」

「妙なことを言うね。兄さんたちの魂のために、僕はこうやってきみがもっと安楽なところで暮らせるように言ってるんじゃないか。きみの柱になる僕の家で」

「ええ。パネート兄さんがとっても優しいってことは分かるわ。でも兄さんの持っているお金の束とか、金の塊とか見ていると、そんなにたくさんのお金が一体どこから来たのかって不安になるのよ。今は、まだ国が大変で人々も安心してクラスところまでいってない。それなのにパネート兄さんはそんなにたくさんのお金を手に入れることができる。本当に頭がいいのね」

「ミアルダイ、きみはたった一人で空を支えようっていうのかい。あんまり気にすることないんだ。貧乏人は貧乏人でいいじゃないか。誰が何をしようとさせておけばいいのさ。お金さえあれば、何だってできる。どうだい、僕と一緒に暮らさないかい?」

「考えてみるわ」

パネートは苦笑いしながら彼女の肩を叩いた。

by kokeko-13 | 2012-06-11 15:12 | カンボジア文学

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