花のゆくえ ⑧親鳥はもういない
2012年 06月 08日
1978年1月。
殺戮は続き、村は寡婦で満ちあふれていた。手が血で汚れた権力者によってどの家族もちりぢりにさせられた。
ネアック・ヴェアン地区にある作業現場は焼け付くようだった。人々はそこで堤防を築き、灌漑用水路を掘った。裏切り者集団のでたらめな水利計画に従って石を砕き、木の根を掘り起こし、大地を切り開いた。移動部隊の多くの人はその現場で命を落とした。その上、毎晩のように"オンカーの要請"によって行方不明になる者が後を絶たなかった。人々は鍬の柄で殴り殺されたり、銃剣で刺し殺されたり、あるいは食べ物が与えられず病院送りとなって、何の治療もされないまま放置され死んでいった。
その晩、空には十五夜の月が見えた。空は澄み切って、柔らかな月の光を覆う黒い雲ひとつなかった。その光は土地を開墾し、掘り起こした土を運んで疲れている人々をほんのわずかだが癒した。
ミアルダイは、ソーイの娘で夫ヨームに死なれたシターと二人で天秤棒を使って土を運んでいた。シターは作業場の炊事係もしていた。その日は、ちょうど午後、村から戻ってきたばかりだった。土を運んでいる最中に、シターがミアルダイの顔を何度もうかがい見るので、彼女は不思議に思った。なぜかしら体中がぞくぞくする。何か悪いことが自分の身にも降りかかるのではないか。高さ2メートルほどの堤防の上まで来たところで、ミアルダイはシターに尋ねた。
「村にいるあたしのお父さんの様子はどう?シターさんがこっちを何度も見るから、なんだか胸騒ぎがして」
シターは彼女の質問に答えなかったが、堤防から50メートルほど先にある茂みの方を口ととがらせて示した。
「ちょっと用足しに行かない?」
ミアルダイは何か話があるのだと察した。
「ええ」
人から離れたところまで来ると、シターはミアルダイを憐れみ深い目で見つめ、震えながら言った。
「ミアルダイ…、驚かないで、しっかりするのよ…。オンカーが来て、あんたのお父さんを"学習"に連れて行ったの」
「"学習"に!」
ミアルダイは絶句した。シターは手でミアルダイの口をふさぎ、近くに人がいないかときょろきょろした。もし人に聞かれたら、自分にも危険が及ぶことになる。シターは続けた。
「大きな声、出さないで。あんたには言いたくなかったのよ。ひどく動揺するんじゃないかと思って。そしたらあんたは罪に問われる。あんたも危なくなるんだよ」
「お父さん…、お父さんが何をしたて言うの?シターさん、お父さんは何か間違ったことをしたの?」
「あのとき、あんたのお父さんは、オンカーが人の命を動物か物みたいに粗末にするのが我慢できなくなってしまったんだよ。だから、ついいろいろしゃべってしまって。とうとう自分を殺すことになったんだよ。今日、チョッチおじさんが犂を折っちゃったんだ。オンカーはチョッチおじさんを敵だと言って、"学習"に連れて行こうとした。あんたのお父さんは、人間の命と物の価値についていろいろ言って助けようとしたんだよ。壊れたものは修理できるけど、人間は…って。オンカーは、お父さんが口答えしたといって、チョッチおじさんと一緒に連れて行ってしまったんだ…」
「ああ、なんてこと!お父さん…、ああ、シターさん、あたし…」
ミアルダイはしゃがみこんだ。シターは青くなった。自分が今しゃべったことをミアルダイが隠し通せないのではないかと思った。シターはミアルダイに気を確かに持つようにと懇願した。ミアルダイは気持ちを奮い立たせ、涙がこぼれないようにした。話をしてくれたシターの身の安全のためにも聞いたことを忘れようとした。
ミアルダイはぼんやりと仕事を続けた。時々、シターがこっそり体をつついたので、座ったまま指図しているレンの悪魔のような視線から逃れることができた。
*
その晩、ミアルダイは一睡もしなかった。目をかっと開いたままだった。裏切り者たちが父親に対して行った恐ろしい行為を想像した。瀕死の父親が彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「パパ…、パパ…。パパが死んでしまうなんて」
*
明け方、彼女は体の力が抜けて綿になったように感じた。土砂運びには行けそうにない。体と頭が熱い。酷い悲しみと睡眠不足で朦朧としていた。だが、休息を願い出る勇気はなかった。
土砂運びを三往復したところで、ミアルダイはめまいがしてそのまま堤防の裾に倒れ込んだ。
「ふん、この同志の嘘つきにもほどがあるな!」
レンはかがんでミアルダイの頬を何度も殴った。倒れた振りをしていると思ったのだ。何度殴っても、ミアルダイは起き上がる様子もなく、ただ横たわっていた。魂は哀れな少女の体から離れてしまっていた。レンは人に命じて野営地に担いで行かせて放って置いた。シターともう一人の炊事係である"旧人民"(注:1975年4月17日以前にクメール・ルージュの解放区に居住していた者)の娘のムオンが、ミアルダイにカオ・クチョルをしたり、ルット(注:マッサージの一種)をしてやったりした。彼女が意識を取り戻すと、あわてて自分の仕事に戻った。
シターはこっそり一杯の米飯と塩漬けの魚ひとかけらを、ミアルダイのために盗んだ。それらはレンのためのものだった。ミアルダイは悲痛な思いで食べた。シターは毎日ミアルダイのために食べ物を盗んでやった。
ミアルダイの具合は一向に良くならなかった。レンに殴られることもあり、病状はますます悪くなる一方だった。彼女は奇妙な病気にかかっていた。頭痛が激しく、髪はほとんど抜け落ちてなくなる一方だった。体はといえば、骨が皮を被っているだけで、手首は柄杓の柄ほどになってしまい、頭だけが以上に大きく腫れている。
ある日のこと、シターが盗んできたものを食べた直後に、ミアルダイを戦慄させる知らせが届いた。それはレンがシターを殺すように命じたというものだ。ミアルダイのために食べ物を盗んでいたからだ。ミアルダイは驚愕のあまり気を失った。レンは彼女を病院へ移送させた。
ネアック・ウェアン地区の病院には、「ウサギの糞」以外の医薬品はなかった。ミアルダイの体はむくみ始めた。座っても、立っても、横になっても、頭を抱え込んで、痛みの広がりを抑えようとした。ミアルダイはただ、死ぬ日を待つばかりだった。
*
その日、ミアルダイはあまりの頭痛に、丸一日近く気を失っていた。気がつくと、医師がそばに黙って座り、彼女の顔を瞬きもせずに見つめていた。タイという女だった。目を開けると、タイはにんまりして尋ねた。
「同志、時計を持っているね」
ミアルダイは驚いて、死の恐怖を感じながら震える声で言った。
「同志、必要でしたら、差し上げます」
「本当?」
タイは急いで時計を取ると、自分のポケットに素早く滑り込ませて言った。
「偉大なる友人の中国の新しい薬を飲ませてやるから」
タイがこっそりくれた薬を飲んでから、ミアルダイは回復に向かっていった。
*
一ヵ月後。
ミアルダイはすっかり治り、髪の毛も少しずつ生え始めた。医師は、堤防造成がちょうど終わった頃に帰宅させた。
孤児となったミアルダイは、自分の家を見て立ち尽くした。芋を植えていた畑の畝と家の入口には雑草が生い茂っていた。屋根はところどころに穴があき、藁で作った壁はあちこち抜け落ちてぼろぼろになっていた。彼女は大きくため息をつき、家の中に入った。
「パパ…、帰ってきたわ。なのにパパはいない…」
彼女は父親を想い、自分を哀れんだ。寂しかった。惨めだった。父親の愛情によって生かされていたのに。だが今はこの世で頼れるものは何もない。
ミアルダイが柱を抱きかかえて泣いていると、ボライが帰って来た。彼は、ミアルダイが柱に抱きついて泣いているのを目の当たりにして驚いた。
「ミアルダイ、どうして泣いているんだい?」
彼女が振り向くと、そこにはボライが立っていた。ミアルダイはボライにすがりついた。そして今度は手で顔を覆ってボライの胸の中で泣いた。ボライはうろたえた。急に不安にかられたボライは、ミアルダイの肩を強く揺すって尋ねた。
「お父さんはどこだい?ミアルダイ?言ってごらん」
「パパは…、"オンカーの要請"で…、パパはあたしを置いて行ってしまったの…」
ボライは恐怖と驚きで落雷にあったかのようだった。
「何の罪で?」
「チョッチおじさんを弁護したの。おじさんは犂をムリに壊したって言われて」
「ああ…」
ボライは言葉が出なかった。黙ったまま立っていた。意識が遠のいた。
「今日家に帰ってきたら、パパのことを思い出して、そしてボライさんのことを思い出して…。あたし、気がついたの。あなたに対してどんなに間違ったことをしていたかっていうことを。パパが死んでしまって、あたしには頼る人もいなくなってしまったの。もう独りぼっち」
「ミアルダイ、済んだことを思い出すのはやめよう。僕はきみのことを妹だと思ってるよ。お父さんが亡くなってしまっても、きみを自分の妹だと思って守っていくから」
「嬉しい、ボライさんの言葉と気持ちが。あたしはボライさんにとっても酷いことをしてきたのに。それからあたしのために命を捨てた人がいるの」
ミアルダイはシターの話をした。
「パパはチョッチおじさんを守ろうとして死んだ。そして、シターはあたしに同情したから死んだの」
「もうやめよう、頭が混乱してきた…。少しずつ貯めてきた配給の米と塩漬けの魚も、今となっては誰に食べさせればいいんだ?お父さんは死んでしまった…。ああ!もうこれを受け取ってくれる人はいないんだ」
「パパ…、パパ…、パパ…」
ミアルダイは、座り込んで柱を抱きながら泣き続けた。ボライは黙って座ったまま天井を見上げた。
殺戮は続き、村は寡婦で満ちあふれていた。手が血で汚れた権力者によってどの家族もちりぢりにさせられた。
ネアック・ヴェアン地区にある作業現場は焼け付くようだった。人々はそこで堤防を築き、灌漑用水路を掘った。裏切り者集団のでたらめな水利計画に従って石を砕き、木の根を掘り起こし、大地を切り開いた。移動部隊の多くの人はその現場で命を落とした。その上、毎晩のように"オンカーの要請"によって行方不明になる者が後を絶たなかった。人々は鍬の柄で殴り殺されたり、銃剣で刺し殺されたり、あるいは食べ物が与えられず病院送りとなって、何の治療もされないまま放置され死んでいった。
その晩、空には十五夜の月が見えた。空は澄み切って、柔らかな月の光を覆う黒い雲ひとつなかった。その光は土地を開墾し、掘り起こした土を運んで疲れている人々をほんのわずかだが癒した。
ミアルダイは、ソーイの娘で夫ヨームに死なれたシターと二人で天秤棒を使って土を運んでいた。シターは作業場の炊事係もしていた。その日は、ちょうど午後、村から戻ってきたばかりだった。土を運んでいる最中に、シターがミアルダイの顔を何度もうかがい見るので、彼女は不思議に思った。なぜかしら体中がぞくぞくする。何か悪いことが自分の身にも降りかかるのではないか。高さ2メートルほどの堤防の上まで来たところで、ミアルダイはシターに尋ねた。
「村にいるあたしのお父さんの様子はどう?シターさんがこっちを何度も見るから、なんだか胸騒ぎがして」
シターは彼女の質問に答えなかったが、堤防から50メートルほど先にある茂みの方を口ととがらせて示した。
「ちょっと用足しに行かない?」
ミアルダイは何か話があるのだと察した。
「ええ」
人から離れたところまで来ると、シターはミアルダイを憐れみ深い目で見つめ、震えながら言った。
「ミアルダイ…、驚かないで、しっかりするのよ…。オンカーが来て、あんたのお父さんを"学習"に連れて行ったの」
「"学習"に!」
ミアルダイは絶句した。シターは手でミアルダイの口をふさぎ、近くに人がいないかときょろきょろした。もし人に聞かれたら、自分にも危険が及ぶことになる。シターは続けた。
「大きな声、出さないで。あんたには言いたくなかったのよ。ひどく動揺するんじゃないかと思って。そしたらあんたは罪に問われる。あんたも危なくなるんだよ」
「お父さん…、お父さんが何をしたて言うの?シターさん、お父さんは何か間違ったことをしたの?」
「あのとき、あんたのお父さんは、オンカーが人の命を動物か物みたいに粗末にするのが我慢できなくなってしまったんだよ。だから、ついいろいろしゃべってしまって。とうとう自分を殺すことになったんだよ。今日、チョッチおじさんが犂を折っちゃったんだ。オンカーはチョッチおじさんを敵だと言って、"学習"に連れて行こうとした。あんたのお父さんは、人間の命と物の価値についていろいろ言って助けようとしたんだよ。壊れたものは修理できるけど、人間は…って。オンカーは、お父さんが口答えしたといって、チョッチおじさんと一緒に連れて行ってしまったんだ…」
「ああ、なんてこと!お父さん…、ああ、シターさん、あたし…」
ミアルダイはしゃがみこんだ。シターは青くなった。自分が今しゃべったことをミアルダイが隠し通せないのではないかと思った。シターはミアルダイに気を確かに持つようにと懇願した。ミアルダイは気持ちを奮い立たせ、涙がこぼれないようにした。話をしてくれたシターの身の安全のためにも聞いたことを忘れようとした。
ミアルダイはぼんやりと仕事を続けた。時々、シターがこっそり体をつついたので、座ったまま指図しているレンの悪魔のような視線から逃れることができた。
*
その晩、ミアルダイは一睡もしなかった。目をかっと開いたままだった。裏切り者たちが父親に対して行った恐ろしい行為を想像した。瀕死の父親が彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「パパ…、パパ…。パパが死んでしまうなんて」
*
明け方、彼女は体の力が抜けて綿になったように感じた。土砂運びには行けそうにない。体と頭が熱い。酷い悲しみと睡眠不足で朦朧としていた。だが、休息を願い出る勇気はなかった。
土砂運びを三往復したところで、ミアルダイはめまいがしてそのまま堤防の裾に倒れ込んだ。
「ふん、この同志の嘘つきにもほどがあるな!」
レンはかがんでミアルダイの頬を何度も殴った。倒れた振りをしていると思ったのだ。何度殴っても、ミアルダイは起き上がる様子もなく、ただ横たわっていた。魂は哀れな少女の体から離れてしまっていた。レンは人に命じて野営地に担いで行かせて放って置いた。シターともう一人の炊事係である"旧人民"(注:1975年4月17日以前にクメール・ルージュの解放区に居住していた者)の娘のムオンが、ミアルダイにカオ・クチョルをしたり、ルット(注:マッサージの一種)をしてやったりした。彼女が意識を取り戻すと、あわてて自分の仕事に戻った。
シターはこっそり一杯の米飯と塩漬けの魚ひとかけらを、ミアルダイのために盗んだ。それらはレンのためのものだった。ミアルダイは悲痛な思いで食べた。シターは毎日ミアルダイのために食べ物を盗んでやった。
ミアルダイの具合は一向に良くならなかった。レンに殴られることもあり、病状はますます悪くなる一方だった。彼女は奇妙な病気にかかっていた。頭痛が激しく、髪はほとんど抜け落ちてなくなる一方だった。体はといえば、骨が皮を被っているだけで、手首は柄杓の柄ほどになってしまい、頭だけが以上に大きく腫れている。
ある日のこと、シターが盗んできたものを食べた直後に、ミアルダイを戦慄させる知らせが届いた。それはレンがシターを殺すように命じたというものだ。ミアルダイのために食べ物を盗んでいたからだ。ミアルダイは驚愕のあまり気を失った。レンは彼女を病院へ移送させた。
ネアック・ウェアン地区の病院には、「ウサギの糞」以外の医薬品はなかった。ミアルダイの体はむくみ始めた。座っても、立っても、横になっても、頭を抱え込んで、痛みの広がりを抑えようとした。ミアルダイはただ、死ぬ日を待つばかりだった。
*
その日、ミアルダイはあまりの頭痛に、丸一日近く気を失っていた。気がつくと、医師がそばに黙って座り、彼女の顔を瞬きもせずに見つめていた。タイという女だった。目を開けると、タイはにんまりして尋ねた。
「同志、時計を持っているね」
ミアルダイは驚いて、死の恐怖を感じながら震える声で言った。
「同志、必要でしたら、差し上げます」
「本当?」
タイは急いで時計を取ると、自分のポケットに素早く滑り込ませて言った。
「偉大なる友人の中国の新しい薬を飲ませてやるから」
タイがこっそりくれた薬を飲んでから、ミアルダイは回復に向かっていった。
*
一ヵ月後。
ミアルダイはすっかり治り、髪の毛も少しずつ生え始めた。医師は、堤防造成がちょうど終わった頃に帰宅させた。
孤児となったミアルダイは、自分の家を見て立ち尽くした。芋を植えていた畑の畝と家の入口には雑草が生い茂っていた。屋根はところどころに穴があき、藁で作った壁はあちこち抜け落ちてぼろぼろになっていた。彼女は大きくため息をつき、家の中に入った。
「パパ…、帰ってきたわ。なのにパパはいない…」
彼女は父親を想い、自分を哀れんだ。寂しかった。惨めだった。父親の愛情によって生かされていたのに。だが今はこの世で頼れるものは何もない。
ミアルダイが柱を抱きかかえて泣いていると、ボライが帰って来た。彼は、ミアルダイが柱に抱きついて泣いているのを目の当たりにして驚いた。
「ミアルダイ、どうして泣いているんだい?」
彼女が振り向くと、そこにはボライが立っていた。ミアルダイはボライにすがりついた。そして今度は手で顔を覆ってボライの胸の中で泣いた。ボライはうろたえた。急に不安にかられたボライは、ミアルダイの肩を強く揺すって尋ねた。
「お父さんはどこだい?ミアルダイ?言ってごらん」
「パパは…、"オンカーの要請"で…、パパはあたしを置いて行ってしまったの…」
ボライは恐怖と驚きで落雷にあったかのようだった。
「何の罪で?」
「チョッチおじさんを弁護したの。おじさんは犂をムリに壊したって言われて」
「ああ…」
ボライは言葉が出なかった。黙ったまま立っていた。意識が遠のいた。
「今日家に帰ってきたら、パパのことを思い出して、そしてボライさんのことを思い出して…。あたし、気がついたの。あなたに対してどんなに間違ったことをしていたかっていうことを。パパが死んでしまって、あたしには頼る人もいなくなってしまったの。もう独りぼっち」
「ミアルダイ、済んだことを思い出すのはやめよう。僕はきみのことを妹だと思ってるよ。お父さんが亡くなってしまっても、きみを自分の妹だと思って守っていくから」
「嬉しい、ボライさんの言葉と気持ちが。あたしはボライさんにとっても酷いことをしてきたのに。それからあたしのために命を捨てた人がいるの」
ミアルダイはシターの話をした。
「パパはチョッチおじさんを守ろうとして死んだ。そして、シターはあたしに同情したから死んだの」
「もうやめよう、頭が混乱してきた…。少しずつ貯めてきた配給の米と塩漬けの魚も、今となっては誰に食べさせればいいんだ?お父さんは死んでしまった…。ああ!もうこれを受け取ってくれる人はいないんだ」
「パパ…、パパ…、パパ…」
ミアルダイは、座り込んで柱を抱きながら泣き続けた。ボライは黙って座ったまま天井を見上げた。
# by kokeko-13 | 2012-06-08 20:58 | カンボジア文学